大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和32年(オ)1139号 判決

上告人 小野商事合資会社

被上告人 国

訴訟代理人 板井俊雄 外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人長谷川元吉および同松尾菊太郎の上告理由について。

論旨は要するに別件国有林野払下取消訴訟を財産権上の訴でないと主張し(長谷川代理人の上告理由第一点および松尾代理人の上告理由第一、二点)、仮にこれを積極に解する場合においても訴訟物の価額は当該山林の価額ではないと主張する(長谷川代理人の上告理由第二点)ものであるが、別件訴訟の請求はその性質において経済上の利益を享受することを本質とするものと解するのが相当であり、これを民事訴訟用印紙法にいう財産権上の請求と解した原判決は正当である。審判の対象ないし訴訟物が「行政行為が適法であるかどうか」であることによりその請求が財産権上の請求たることを妨げられるものでないことは当裁判所の判例(昭和三四年八月二八日第二小法廷判決、集一三巻一〇号一三四八頁参照)に照し明らかであり、所論行政裁判法四二条二項の規定は行政事件訴訟特例法一条の規定に照し右解釈を左右する根拠とすることを得ないものであつて、取消により得べき利益が期待権かどうかの点も同様である。

次に所論山林の経営または転売による利益のごときはひつきよう間接的利益にすぎず、上告人が当該訴訟における勝訴の結果経済上受け得べき客観的利益は、当該山林の価額と解すべき筋合のものであるから、訴訟物の価額を当該山林の価額と解した原判決の判断も正当である。それ故所論はすべて採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 河村又介 島保 垂水克己 高橋潔 石坂修一)

上告代理人長谷川元吉の上告理由

上告人 小野商事合資会社

被上告人 国

第一点 上告人(控訴人、原告)の主張は、別件訴訟は、行政庁の違法処分の取消を求める訴であつて即ち行政処分の適否を訴訟物とするものであり、取消自体は直接上告人に何等財産的利益をもたらすものでないから、前記別件訴訟は民事訴訟用印紙法第三条第一項に謂わゆる「財産権上の請求に非ざる訴訟」である、然るに前記別件訴訟の受訴裁判所が之を財産権上の請求に係る訴訟として印紙増貼を命じたので、之によつて被上告人(被控訴人、被告)たる国は法律上の原因なくして上告人の財産により利益を受け之がために上告人に損失を及ぼしたから、上告人は国から不当利得の返還を受ける権利がある、というにある。之に対し、第一審裁判所は、別件訴訟に於て受訴裁判所が印紙貼用を命じたるについては法律上の原因がある。故に別件訴訟が非財産権上の訴訟であると否とに拘らず、国が不当利得をしたことにならない、という理由を以て上告人(原告)の請求を棄却した。而して上告人は右判決に対し控訴を提起したところ、控訴裁判所は、ただ別件訴訟は財産権上の訴訟であるという理由を以て控訴棄却の判決を為した。しかしながら、何故に別件訴訟が財産権上の訴訟であるかについては、原審判決の判示するところに至つて不明瞭不合理である。そもそも上告人が提起した別件訴訟に於ては、原告たる上告人は国有林野整備臨時措置法及び同法施行規則に基き長崎県西筑摩郡開田村所在の国有林野四筆を、昭和二十六年八月二日長野営林局長宛申請書を以て、同局長の指定する通りの価額で買受ける旨の意思を表示して適法に払下の申請をしたるに、右営林局長は不法にも買受人としての法定の適格を欠き且つ原告より後順位なる開田村を優先させて、昭和二十八年五月三十日これに対し売払の処分をしたので、原告は右違法な行政処分によつて、国有林野の売払を受くべき期待権ないし利益を侵害されたのであるから、右違法行政処分の取消を求めたのである。上告人が別件訴訟において右の期待権侵害を主張したのは、上告人が別件訴訟の正当なる当事者たることを明かにせんがためであつた。然るに原審判決は之を以て別件訴訟が財産権上の訴であるとの理由としている。しかし期待権は現実の権利とちがう。仮りに別件訴訟が上告人の勝訴に終り問題の違法行政処分が取消されたとしても、果して上告人が問題の国有林野を買受け得たか否か不明である。従つて別件訴訟で上告人が求めた行政処分取消は直接上告人に何等財産的利益をもたらすものでない。もし期待権を根拠にして別件訴訟を財産権上の訴であるというならば、いやしくも間接に何等かの経済的利益をもたらす訴は凡べて財産権上の訴となり殆んど凡べての民事訴訟は財産権上の訴であと言わねばならぬこととなるだろう。それ故に別件訴訟が財産権上の訴であるとの理由で控訴棄却をした原審判決は法の解釈を誤まり法令に違背するものである。

第二点 原審判決は「右訴訟において控訴人の勝訴により受くべき経済的利益は即ち当該山林の価額に相当するものというべきである。それ故受訴裁判所たる長野地方裁判所が別件訴訟を財産権上の訴訟に当るものとして取扱い、該訴訟物の価額を山林の価額と同額に算定し、これに相当する訴訟印紙額より控訴人が訴状に貼付した印紙三百十円を控除した金四十六万五千九百九十円の印紙不足額の増貼を命じたのは相当である」と言つている。しかし仮りに別件訴訟が上告人の勝訴に終つたとしても、上告人は問題の国有林野を無償で譲受け得たのではない。営林局長指定の価額で之を買受け得たに過ぎない。故に上告人が別件訴訟において勝訴により得たるべき経済的利益は決して当該山林の価額に相当するものではない。同山林を経営または転売して得たるべき利益のみであつて、その額は予見することが出来ないばかりでなく、却つて損失をこうむつたかも知れないのである。それ故に、仮りに別件訴訟が財産権上の訴であるとしても、訴訟物の価額を山林の買受価額と同額に算定して、これに相当する訴訟印紙額に達するまで印紙を増貼せしめたのは、国が上告人の損失において不当利得をしたものと言わなければならないのである。 以上

上告代理人松尾菊太郎の上告理由

上告人 小野商事合資会社

被上告人 国

第壱点 原判決は、民事訴訟用印紙法第三条にいわゆる「財産権上ノ請求ニ非サル訴訟」の意義を誤解した違法があるものである。けだし、凡そ原告が訴によつて、審判を求むる法律関係には、或は経済的利益を内容とするもあり、或は経済的利益を内容としないものとがある。後者が即ち「財産権上ノ請求ニ非サル訴訟」である。

ところで、別件上告人の長野営林局長間の長野地万裁判所昭和二八年(行)第四号林野払下処分取消請求事件は、右事件の被告である行政庁の違法処分の取消を求めるものであつて、上告人の訴求する法律関係の内容は、右行政処分の適否の審判を訴訟物とするものであつて、本来経済的利益を内容とするものではない。即ち上告人が別件訴訟において勝訴の判決を受けても、その判決の効果は上告人に対して直接何等の財産的利益をもらすものでないから、右訴訟は「材産権上ノ請求ニ非サル訴訟」であることが明かである。

それなのに原判決は、「国が国有林野整備臨時措置法の規定に基いてなした国有林野払下処分の取消を求める訴は、右処分取消により相手方の一且取得した林野所有権の喪失を来さしめることを目的とするもので、その限りにおいては恰も私人間における売買契約の取消を求める訴訟と何等異る所はないのであるから、それ自体経済的価値を有し、従つて財産権上の訴訟に属するものというべきである。この場合その訴訟物の価額は、右処分が取消されることにより原告の法律的地位に及ぼす影響を客観的経済的に評価して算定すべきものと解する」と判示したのは、行政事件訴訟の特異性を無視するばかりでなく、審判の対象である法律関係そのものと、その法律関係より発生する間接の経済的利益とを混同するものといわなければならない。

元来、行政事件に関する訴訟は、旧憲法の下にあつては、行政裁判所の掌るところであつたが(朋治二十三年六月三十日、法律第四十八号行政裁判所法)、新憲法では一切の法律上の争訟は原則として、司法裁判所の管轄に属せしむることになつた(憲法第七十六条、裁判所法第三条)けれども、その民事、刑事事件に対する特殊性を決して失わしめたものではない。即ち行政事件訴訟特例法は、この特殊性格の要請により設けられたもので、行政事件訴訟は「行政庁の違法な処分の取消又は変更に係る訴訟その他公法上の権利関係に関する訴訟」をいうのであつて(行政事件訴訟特例法第一条)その訴訟における審判の対象は行政行為が適法であるかどうかの問題であつて、その訴訟物も亦この外に出でないのである。されば旧法時代においては「行政訴訟上ノ文書ニハ訴訟用印紙ヲ貼用スルヲ要セス」と規定した(行政裁判法第四十二条第二項)所以であつた。

されば原判決が「恰も私人間における売買契約の取消を求める訴訟と何等異なる所以はない」というのは全く行政事件訴訟の特異の性格を無視し、一般民事事件と同一視するものである。けだし私人間における売買契約の取消を求める訴訟では、原告は直接その取消の効果を亨くるけれども、行政事件の場合では、(その違法な行政処分の取消があつても、該取消自体は直接原告に何等の財産的利益をもたらすものではないのである。

又原判決は「この場合その訴訟物の価額は、右処分が取消さるることにより、原告の法律的地位に及ぼす影響を、客観的経済的評価して算定すべきものと解する」と判示したけれども、若しそうだとすれば、非財産権上の請求として何人も異論のない養子縁組取消の訴訟において、その取消されることによつて、原告が養親の財産を相続すべき地位にあるときは、養子縁組取消の訴訟でも、その訴訟額は相続財産を評価して算定しなければならないことになりすべての訴訟は悉く財産権上の請求といわなければならないことになるのであろう。天下豈またかくの如き理あらんやである。

要するに、原判決は行政事件訴訟の特異の性格を看過し、且つ訴訟物の意義を誤解して、民事訴訟用印紙第三条の解釈を誤つた違法があるので、到底破毀を免れないものと思料する。

第弐点 原判決は審判の対象たる法律関係そのものと、審判の反射的効果とを混同し、これを同一視した違法がある。

ただし、上告人は原審において「別件訴訟において原告たる控訴人は、国有林野整備臨時措置法並に同法施行規則に基き長野県西筑摩郡開田村所在の国有山林四筆につき、昭和二十六年八月二日長野営林局長宛申請書を以て、同局長の指定するとおりの価額で買受ける旨の意思を表示して、適法に払下の申請をしたところ、右営林局長は、不法にも買受人としての法定の適格を欠き、且つ控訴人より後順位なる開田村を優先させて、昭和二十八年五月三十日、これに対し売払の処分をした。競願の関係にある控訴人は右の違法処分により、その処分なかりせば当然自己が払下を受けうべき期待権ないし利益を侵害されたので、これが取消を訴求する」旨を主張したのであつた。

これに対し原判決は「右控訴人の主張に従えば開田村に対する前記山林の払下処分にして取消されるときは、競願者にして買受適格を具備する控訴人に対し、当然払下処分がなさるべき関係にあり、控訴人は正当にこれを期待しうる法律的地位を回復するに至るというに帰着するから、右訴訟において控訴人の勝訴により受くべき経済的利益は即ち当該山林の価額に相当するものというべきである。」と判示した。

然れども別訴は行政事件訴訟特例法に基き行政庁の違法な処分の取消を求むるに過ぎないものであつて、右行政庁をして上告人に対し該山林の払下処分を為すべしというような行政処分を求むるものではない。されば訴外開田村に対する前記山林の払下処分が取消されるときは、買受適格を具備する上告人に対し当然払下処分がなさるべき関係にあつて、上告人は正当にこれを期待しうる法律的地位を回復するに至るもそれは行政処分が取消されたことにより生ずる反射的効果に過ぎないで、右山林が当然上告人の所有に帰属することにはならない。それが上告人の所有になるには、更らに新たに払下の行政処分が行われなければならないのだが、それは訴訟で求められることではない。

要するに上告人が別件訴訟で請求しているところは前叙の如く違法な行政処分の取消そのものであつて、決して上告人に払下げて貰いたいと求めているのではない。従つてその訴訟の目的は当該行政処分が適法に行われたかどうかの審判を求めるのであつて、かくの如き訴訟物は、貨幣単位を以て評価し得べきものでないから、経済的価値なく、財産権上の請求たる訴訟とはいい得ないのは勿論である。

然るに原判決が「右訴訟(別件)において控訴人の勝訴により受くべき経済的利益は、即ち当該山林の価額に相当するものというべきである」と判示し、次で「それ故受訴裁判所たる長野地方裁判所が、別件訴訟を財産権上の訴訟に当るものとして取扱い、該訴訟物の価額を山林の価額と同額に算定しこれに相当する訴訟印紙額より控訴人が訴状に貼付した印紙三百十円を控除した金四十六万五千九百九十円の印紙不足額の増貼を命じたのは相当であり、従つて控訴人がその命令に従い印紙の増貼したことになり、国に何等不当な利得のあるべき筈はないのである」と判示して上告人の請求を棄却したのは、まさに審判の対象たる請求の内容たる法律関係そのものと、審判の結果その法律関係より発生する反射的効果とを混同したため訴訟物の意義を誤解したものであるから、原判決は違法であり破毀を免れないものと思料するのである。

以上

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